代表紹介

こんにちは、リウマチ回復ネット主宰の板倉です。

私は、千葉県千葉市で「からだ回復センター千葉」という整体院を経営しています。

整体院というと腰痛や肩こりを中心に施術していると思われるでしょうが、当センターも元々はそうでした。
しかし、私にはどうしてもリウマチを治す必要が出てきたのです。

なぜなら・・・

妻がリウマチを発症

2005年。
娘が1歳のときでした。

それまで病気とは無縁だった妻がリウマチを発症しました。
手指の腫れや痛み、肩の痛みなどから始まり、膝や足裏へ。
その痛みはあっという間に全身へと広がっていきました。

すぐに大学病院での治療を開始しましたが、症状は悪化する一方。
また、当時の私はすでに整体院を開業していましたが、いわゆる「グイグイ押す」スタイルの手技でしたので、全身に痛みのあった妻には何もしてあげられませんでした。

病院から出される薬に頼るしかありませんでしたが、日に日に症状は悪化。
発症から半年も経たずにほぼ寝たきりになってしまうほどまでに。

そんな状況の中、私はリウマチについて調べつくしました。
専門書を読みあさり、PCにかじりつき・・・

しかし出てくる情報といえば、

原因不明
治らない
副作用の強い薬
メンタルの問題や宗教的な考え・・・など
どれも納得のいくものではありませんでした。

妻への施術

そんな状況の中、試行錯誤を繰り返しながら毎日妻へ施術をしました。
「どうやったら痛みが引くのか?」
「動きを良くするにはどうしたらいいのか」

それも従来の強い刺激の施術ではなく、痛みを感じない方法で。

すると、グーの状態からほとんど開かなかった手がゆっくり開くようになり、肩の動きも少しずつ可能に、他にも肘や膝など各所に出ていたこわばりや痛みが軽減していったのです。

・布団から起きる
・イスの立ち座り
・トイレに行く
・お風呂に入る
・着替える
・食事をする
どれも困難だった生活上の動作が、少しずつできるようになっていったのです。

一進一退を繰り返した時期もありました。
なかなか痛みの取りきれない関節もありました。

しかし、日々試行錯誤を繰り返した結果、現在、関節の変形もせずに、ほぼ痛み無く生活が送れるようにまで回復しました。
また、2010年には2人目の子供を自然分娩で出産し、毎日を忙しくも楽しく過ごせるようになりました。

家族に本当の笑顔が戻りました。

もしあなたがリウマチの症状で悩んでいるのなら、ぜひご相談ください。
あなたのリウマチ回復に向け、精一杯サポートをお約束します。

妻 闘病記

娘が1歳になった年、2005年の11月のことでした。
右手の「人指し指」第2関節が、痛みとともに腫れ上がりました。

日頃から家事以外にも、パソコンや裁縫をしていたので、この症状は「腱鞘炎だなぁ」というほど。
痛みがあるとはいえ、軽視してしまえるものでした。

しかし程なくして、左手「人指し指」も同様に。
そこから半月ほどして、右手首が痛みで動かなくなりました。

それでもまだ「腱鞘炎」を信じて疑わなかった私は、病院へは行かず、痛む場所に湿布をし、動かないように包帯で固定して過ごしていました。
年が明け、2月ごろになると両手首が痛むようになり、腫れは全く引かず、そのうちに痛みはすぐ激痛へと変わりました。

3月ごろ娘が風邪をひき、近所の内科・小児科へ行くことに。
娘の治療のついでに医師に患部を見せ、軽く話しをすると、「血液検査をしましょうか?」

結果は1週間後に、ということだったのですが、次の日病院より、「すぐに来てください。」との連絡が。

「気になったので至急扱いで検査の依頼をしました。板倉さん、リウマチの疑いがあります。
紹介状を出しますから、早めに大学病院で専門の治療を受けてください。」

この診断は、「リウマチ」という名前も知らなかった私にとって、何が何だかさっぱり分からず、ただ、「腱鞘炎ではないんだ。」ということと、
「大変なことになっているのか?」という不安だけが残りました。

これが、私とリウマチとの最初の出会いです。

大学病院での検査の結果、それは疑いではなく「関節リウマチ」に間違いはありませんでした。
初めはごく少量の痛み止めから開始し、程なくしてそこに少量のステロイドが加わりました。

しかし、リウマチの進行は思った以上に早く、薬が増えていくのも、また「日常生活」が奪われていくのも、そう時間はかかりませんでした。
手指、手首だけだった患部はいつの間にか手全体へ広がり、朝のひどいこわばりと激痛に悩むようになりました。

そして、その症状は足首、つま先、膝、肩、肘、首、顎関節へと広がっていきました。
幸いにして、たった1箇所「股関節」だけは症状は出ませんでしたが、それ以外の主な関節は全て炎症と腫れと痛みが続きました。

気がつけば6月になっていました。

この頃は連日の痛みで食欲も落ち、1日の3分の2を「寝たきり」状態で過ごすようになりました。
ただ「寝たきり」といっても、全身の痛みで寝返りすら打てず、眠ることも出来ないという、正確には、「横になってじっとしている」ということです。

薬が効いて痛みが軽くなるわずかな時間を使って、体を引きずりながら、ほんの少しの家事をこなすのがやっとという日々でした。
朝から激痛とこわばりで、体を動かすことも出来ません。

例えばトイレですが、恥ずかしい話し、自力でトイレに行くことが出来ないのです。
衣類の脱ぎ着も、便座に座らせてもらうことも、トイレットペーパーを手で巻き取ることも、想像を絶する激痛を伴います。
拭き取ることも、あまりの激痛から、腕も手先も怖くて曲げられないのです。

ドアノブもつかめません。
ドアの開閉も1人では出来ないのです。
情けなくて、くやしくて、涙が出ました。
体も心も激痛です。

・立ち上がる
・歩く
・顔を洗う
・ブラシで髪をとく
・着替えをする
・食事をする・・・
日常生活の何気ない行動一つ、自力で出来なくなったとき、「絶望」の意味を知りました。

薬が効いているであろう時間も、必ずどこかに痛みがつきまといます。
「生き地獄ってあるんだな。」そんなことを思いました。

誕生日も過ぎ、秋になっていました。

薬が効いている時間を使って、リウマチを調べつくしました。
しかし、「病院の投薬治療」以外に、激痛と不安から解放を指すものはほとんどありませんでした。

治療薬も、当時の私には副作用等の恐怖や、不必要な知恵等が頭の中をゴチャゴチャにしていて、
医師が抗リウマチ薬へのステップアップを勧めてくださっても、素直に信用することが出来ずにいました。

その頃には、激痛、腫れ、炎症のほかに、「関節がロックされる」という症状が加わっていました。
毎日、手が「ジャンケンのグー」から固定されたまま全く開かなくなりました。

肘や膝も、曲げたり伸ばした状態のまま固定され、無理に動かそうとすればやはり激痛です。
いよいよ本当に何も出来なくなりました。

それでも毎日はやってきます。
日常の家事も、家族の世話も、すぐ目の前にあるのです。

本当にここまでだろうか?

「生き地獄」だの「絶望」だのに浸ってる場合ではない。
「これは私の体だ。もう一度自由になりたい。」

発症から1年が過ぎていました。
この時、初めて正面から「リウマチと向き合う」ことが出来たのだと思います。

夫はその頃、「整体師」としての技力に悩んでいたようです。
当時の夫の施術は、いわゆる「押す、揉む」系のごく一般的なものでした。
きっと普段なら気持ちよく受けられたと思います。

しかし、申し訳ないことに、リウマチ発症後の炎症による痛みと腫れでぐったりの、筋肉も使われずに弱りきった私の体には、
あまりにもそれは苦痛で、とても耐えられるものではありませんでした。

ある日夫が、どこからか覚えてきた技術を施してくれました。

「グー」のままロックされた指にです。
1つ1つの指に、大した力を使わずに、ただじっと何かをしています。

しばらくして指が1本、少し開きました。
痛み無く開くことは、発症以来初めてのことでした。
なぜ開いたのかは当時はさっぱり分かりませんでしたが、とにかく嬉しかったです。

その施術をしばらく続けてくれました。
仕事が終わるとすぐ家に戻り、私のやり残した家事や育児を済ませ、施術をしてくれました。

しばらくして、手指が少しずつ動くようになりました。
それからまたしばらくして、手は完全に開き、それ以来指がロックされることはなくなりました。

希望が見えました。
そして色々考えました。

発症以来、私は自分の体に対し、まだ何もしていないのではないか?
投薬治療をしてくれる医師や、支えてくれる家族に全てまかせっきりでいいのだろうか?
自分でも改善の努力をしなければ。

投薬は悪化後の小康状態だったこともあり、相談の結果、すぐにステップアップしないかわりに、
体質改善の効果を見たいと思い、漢方薬も取り入れることにしました。

生活習慣の見直しのため、漢方医の勧めもあって、マクロビオティックも始めました。(1年ほど)
毎日早寝早起きをし、体調の良い日は少しずつでも体を動かすようにしました。
冷たい飲み物や寒い場所を極力避け、常に体を温めるよう心がけました。

夫は毎日、必要な施術をしてくれました。
施術の効果がすぐに出る患部と、とても時間のかかる患部とありますが、日々黙々と施術をしてくれました。

その結果、検査でのリウマチ因子や炎症反応の数値は、月をおうごとに改善に向かいました。

ロックされる肘や膝も少しずつその回数が減り、
しばらくして、それは「軽い違和感程度」にまで落ち着き、再び自由に曲げ伸ばしが出来るようになりました。

痛みで布団が触れることも苦であった肩も、施術の回数を重ねるたびに少しずつ痛みが緩和していきました。
「痛みを感じない施術」は、リウマチでいっぱいいっぱいの体にとって、安心そのものになりました。

そして夫は、施術とは別に、自分で出来る施術を教えてくれました。
とても簡単なことだったので、痛みが気になったり、時間が空くたびに、自分でもケアが出来るようになりました。

全身にあった痛みや腫れは徐々に減り、その結果、薬の量も自然に減っていきました。
*1日の薬の使用量(ステロイド4mg  2009年12月現在)

リウマチ発症から今年(2009年)の11月で5年目に入りました。

現在、リウマチ因子、炎症反応ともに大した問題ではなくなりましたが、
リウマチという病気は良い時と悪い時を繰り返すもので、今でも時々軽い数値の悪化は見られますが、それも短期間で落ち着きを取り戻すまでに改善しています。
この状態を少しでも長く続かせる為にも、投薬治療とは別に、日常のケアが必要なのだと痛感しています。

リウマチという病気一つとっても、私以上にもっともっとつらい思いをされている方は、本当にたくさんいらっしゃると思います。
たくさんの方が、たくさんのつらい思いを抱えてがんばっていることを思うと、他人事とは思えません。

皆様の一日も早い「改善」と「笑顔」を心よりお祈り申し上げます。

*2009年に妻が書いたものです